読書ログ:『バナナの世界史』

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ながらく積読されていた『バナナの世界史』をようやく読破しました。バナナを巡る中南米諸国の歴史はなんとなくしか知らなかったので、とても勉強になりました。備忘のため、要約を記載しておきます。

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「バナナリパブリック」という言葉を一度は耳にしたことがあるだろう。
これは、アメリカの半植民地としての中南米諸国を揶揄する表現であり、また20世紀を通じてアメリカのバナナ会社がいかに中南米諸国に過剰な影響力を有していたかを反映する言葉でもある。ここでいうバナナ会社とは、フルーツ産業大手のチキータ社(旧ユナイテッド・フルーツ社)やドール社(旧スタンダード・フルーツ社)のことを指す。現代では「フルーツ産業」が成立しているが、フルーツをはじめて産業化したのは、他ならぬバナナである。

バナナビジネスの先駆けであるユナイテッド・フルーツ社は、中南米諸国のジャングルを次々に切り開いてバナナプランテーションを立ち上げた。港町を整備し、プランテーションから港町に至る鉄道を敷いた。さらに、奥深いジャングルからバナナを獲ってきて、消費市場までの長い距離を運ぶあいだ、熟成を遅らせるようにコントロールする方法を編み出した。その結果、きわめて腐りやすい熱帯の農作物を、産地から数千キロ離れた場所にいる消費者に、無傷かつ食べごろの状態で、誰もが手の届く値段で提供した。かくしてアメリカ市場における輸入バナナの消費量は、それまでトップに君臨していた国産のりんごを追い抜いた。バナナの消費量が増えるにしたがって、新たな土地を求めて南へと下っていった。アメリカ政府による中南米諸国への軍事介入とユナイテッド・フルーツ社のバナナ利権の獲得がセットで展開されていった。やがて、中南米諸国の耕作可能地の大半がアメリカのバナナ会社に所有されるようになった。また、どのプランテーションにも、ゴルフコースや教会、レストラン、そして売春宿までが設けられた。アメリカ人バナナ会社社員が、バナナプランテーションに駐在する上で強力なインセンティブとなった。

もちろん、こういったバナナ会社による「支配」に中南米諸国は必ずしもおとなしく従っていたわけではない。1950年のグアテマラで、その兆候があらわれた。当時経済活動の50%がバナナの栽培・収穫・輸送で成立していたグアテマラに住むのは、ひたすら新しい土地を獲得しようとするバナナ会社と、貧しい労働者と、労働者の団結を許さない独裁者だった。バナナ会社が強引にビジネスを推し進めていく上で、独裁政権はうまく機能した。しかしその独裁政治がひとたび崩れると、バナナ会社への不満が噴出した。1950年に大統領に就任した軍人あがりのアルベンスをもっとも悩ませたのは、バナナ会社が所有する広大な土地ではなく(ユナイテッド・フルーツ社は、当時グアテマラの耕作可能地の70%を占める160万ヘクタール以上の土地を所有していた)、彼らがその土地を活用していないことだった。なんと、バナナ会社の保有する土地の四分の三以上が、休閑地だった。

バナナ栽培は病気との闘いでもある。最も悪名高いのは「パナマ病」で、フザリウムというカビの一種が、根っこからバナナの木に感染し枯らせてしまう。ご存知のとおり、市販のバナナには種がない。種がないということは繁殖能力がないということであり、現在市場で流通しているバナナはほぼ「キャベンディッシュ」という単一種である。遡ると「グロスミッチェル」という種が出回っていたが、パナマ病に侵されほぼ絶滅した。そして代替として、輸送のしやすさや味などの諸条件を満たすキャベンディッシュに切り替わったという背景がある。当時このパナマ病に対するユナイテッド・フルーツ社の対応は楽観的で、病気が発生したら新たな土地を開拓すればよいという考えだったようだ。そして、 パナマ病に侵されバナナ農園としては使用できないこれらの土地を、いつかパナマ病を克服することができたとき・・・のためにユナイテッド・フルーツ社は所有し続けることにこだわった。
※ ちなみに、この大胆な品種の切り替えを行ったのは、競合のスタンダード・フルーツ社であった。同社は会社の規模が小さかったので、パナマ病が続けば早々にグロスミッチェルを栽培できる土地がなくなる(=自社の存続に関わる)ことが明白だった。

こういった背景を受けて、アルベンスは大統領就任にあたって、グアテマラを「半植民地的経済に依存する国から、経済的に自立した国に」転換したいという抱負を述べた。そして、ユナイテッド・フルーツ社に、輸出税を支払うこと、取得した土地の公正な地価を示す(きちんと納税する)こと、さらにはグアテマラの憲法に従うことを要求した。グアテマラvsユナイテッド・フルーツ社の全面戦争がはじまり、アメリカ政府をバックにつけた同社のプロパガンダを駆使した戦術に敗れたアルベンスは、就任から4年後についに退陣し亡命することになる。ただこのグアテマラの抵抗がひとつのきっかけになったことはたしかだ。その後、アメリカ政府=ユナイテッド・フルーツ社の蜜月関係は終わり、アメリカ市場におけるバナナ消費量の低下し、パナマ病が蔓延し、そしてそれらに起因する業績の大幅悪化などを経て、ユナイテッド・フルーツ社は保有する土地のほとんどを売却し、バナナプランテーションの所有と経営は現地の下請け業者に委ねられる現代のシステムへと移行していくことになる。

また、「消費市場=アメリカ:生産国:中南米」という構図は、いまでは「消費市場=日本:生産国=フィリピン」や「消費市場=ヨーロッパ:生産国=アフリカ」というようにワールドワイドで展開されるようにもなった。本書でも再三に渡って指摘されている、終わりのないパナマ病との対峙だが、最近フィリピンのミンダナオ島の巨大バナナプランテーションが新パナマ病の影響で壊滅しかかっているとのニュースがあった。グロスミッチェル、キャベンディッシュに続く、三代目バナナは見つかるのだろうか。

2016-05-03 | Posted in BlogNo Comments » 

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