下甑島「トシドン」は、なまはげになれなかったのか?

毎年年越しの場所にはとても拘ります。よい年越しができるとその年はうまくいくという自分ジンクスがもう10年以上続いております。 もともとは中学校時代の悪友たちと、「井戸を掘る」とか「温泉を掘る」とか年1回クレイジーなことをやる、というところからスタートしましたが、「雪景色の白川郷(世界遺産)に泊まる」とか「舞踏会で踊り明かす」とか次第にこの時期ならではの体験型に移行し、昨年は秋田県男鹿半島に伝わる大晦日の晩の民俗行事「なまはげ」を見に行きました。そのときのことはコチラ

「なまはげ」が予想以上の娘に好評(?)だったことをうけて、今年も民俗行事シリーズでいこうと思い候補に挙がったのが、鹿児島県下甑島の大晦日限定の民俗行事「トシドン」です。男鹿半島の「なまはげ」は全国的にかなり知名度が高く、伝統的な大晦日の実施以外にも2月になまはげ祭りをやっていたり、「なまはげ伝承館」という年中なまはげ文化を体験できる施設をオープンするなど観光資源として積極的に活用されています。それに対して下甑島の「トシドン」は年一回大晦日限定行事であり、あくまで地域ぐるみの子育てというスタンスです。

下甑島の6つの集落のうち、手打・瀬々野浦・青瀬・片野浦という4つの集落にトシドンは伝わっており、各集落に保存会があります。ただし、手打地区は大きいので麓・港・本町の3つの保存会に分かれているため、計6箇所のトシドン保存会があります。ちなみに集落ごとにトシドンの「顔」は全く異なり、ネット検索でヒットしやすいのは手打地区の鼻の長いトシドンです。私は手打地区の麓保存会というところで見学を受け入れて頂きました。

トシドンに来てもらうには、こどものいる家庭が町会にエントリーシートを提出する必要があります。こどもの日々の様子や(親が)困っていることなどを記載する、けっこう本格的なエントリーシート(というかカウンセリングシート)でした。トシドン来訪時は、そのエントリーシートに記載された内容に沿って、まさに「カウンセリング」が行われます。

今年はエントリーシート提出があったのが、各所それぞれ5家族、3家族、1家族で、下甑島全体で計9家族とのことでした。対象となるこどもは小学校3年生(9歳)ぐらいまでとのことで、仮にいま0歳のこどもがいたとしても、10年後にはトシドン世代を卒業してしまうわけで、移住やUターンがなければ、10年以内には絶滅してしまうことになります。毎年世界では多くの言語や伝統が消滅しつつあると言われます。そうは言ってもこれまで正直あまりピンとこなかったのですが、今回ようやく実感を持って理解できました。

「なまはげ」は観光要素としてPRされており、なまはげ目当ての観光客が多く男鹿半島を訪れます。大晦日にはホテルのロビーになまはげがやってきて賑やかしてくれますし、2月には「なまはげ祭」が開催され、またそれ以外に時期でも「男鹿真山伝承館&なまはげ館」に行けば年中なまはげ文化を体験できるようになっています。観光客が増えれば、観光産業が成立し、雇用が生まれます。雇用があれば、そこに住み続ける、もしくは移住してくることができます。 また、「男鹿真山伝承館&なまはげ館」のような施設は観光要素だけでなく、なまはげ文化のアーカイブ的な役割も果たしています。観光と伝承がうまくバランスをとりながらサステナブルに続いているように思います。もちろん観光化によって失われた伝承もあるのだとは思いますが。

当然地続きで他の観光要素もあり人口も多い男鹿半島と、離島で人口も少ない下甑島を単純に比べることができません。でも、「トシドン」はなまはげになれなかったのか?本当になるべきではなかったのか?気になりました。

2016-12-31 | Posted in BlogNo Comments » 

関連記事

Comment





Comment