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在ブラジル日系人の60%以上は日本就労経験者?

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さて、ご存知の通り、ブラジルは世界最大の日系人コミュニティが現存している国ですが、現在ブラジルには約160万人(人口の約0.8%)もの日系人がいると言われています。特にサンパウロでは、けっこうな確率で日系ブラジル人を見かけます。勤務先の現地子会社にも1名いましたし、取引先企業でもたいてい何人か見かけます。また、ホテルのフロントや、街中のキオスク、さらにはタクシーの運転手まで、サンパウロ市内のみならずサンパウロ州内郊外都市においても、頻繁に日系人と出会います。そのためか、日本人はサンパウロでは現地人(日系ブラジル人)と間違われることもしばしばあります。

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前々から疑問だったのですが、20-40代くらいの日系ブラジル人であれば、日本への出稼ぎ経験があることが珍しくありません。20-30代の日系ブラジル人(その年代だと日系3世であることが多い)に話しかけて、日本で働いた経験のないパターンはこれまでほぼなかった気すらします。資料館に、在日ブラジル人の人口データ展示がありました。こちらは1999年までのデータですが、ネットで法務局の在留外国人統計で以降のデータを補って合算したところ、1985-2015年の延べ人数はなんと5,744,232人という結果でした。これは「在留」なので、いわゆる「旅行者」は含まれません。

在住期間は人それぞれかと思いますが、5年以上滞在すると帰化要件を満たすことから、仮に平均5年として考えてみます。すると、約115万人が日本で就労経験があるという計算になります。もちろん日本で就労経験のあるブラジル人の全てが日系ではない(それでも圧倒的に日系人割合は多いはず)ので、ここでは100万人と仮定しましょう。かなり乱暴な試算になりますが、現在160万人の日系人のうち、100万人が日本就労経験者と考えると、なんと60%以上の日系ブラジル人が日本就労経験があると推定されます。

在留ブラジル人人口は、2007年の316,582人をピークに2008年のリーマンショック以降、2011年の震災の影響もあり、またおそらくブラジル本国の高度経済成長も手伝って減少傾向にあり、2015年は173,437人まで落ち込んでいます。一転ブラジル経済も下降の一途を辿っており、ブラジル国内での職探しは一年以上かかることも珍しくないようなので、また日本への出稼ぎが増えるかもしれません。今後の推移が気になるところです。

2016-04-03 | Posted in BlogNo Comments » 

 

ブラジル日系移民の歴史

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サンパウロのリベルダーヂにある「ブラジル日本移民史料館」を、15年ぶりに再訪しました。展示内容については何も覚えていませんでしたが、入り口の風景だけは記憶の片隅にあり、なんとも言えない懐かしさがこみ上げてきました。今回は展示内容を忘れないように、忘備のためにブラジル日系移民の歴史を記載しますね(笑)

そもそも、日本人がブラジルに移民するようになったきっかけは、100年以上前に遡ります。ご存知のとおり、ポルトガル統治時代のブラジルは、三角貿易を通じて西アフリカからの奴隷を多数買い入れました。奴隷の労働力に頼っていたコーヒー農園は、1888年の奴隷解放以降、新たな労働力をアジアにも求めるようになります。一方、日本は急速に進む近代化に伴い、人口増加、農地改革、土地の増税課税により、農民の多くは土地を失い失業者が増えました。さらに、1894年に日清戦争で勝利しましたが、その戦争負担から重大な経済危機に直面しました。そして、余剰する労働者人口の受け皿を探す日本と、コーヒー農園における安い労働力を求めるブラジルのニーズが合致し、日本からブラジルへの移民ルートが確立しました。

移民当初はコーヒー農園での労働に従事した日系移民でしたが、コーヒーでお金を蓄え次第に独立して農業を営むようになり、日系コロニーを築いていきます。「ウンドウカイ」が開催されたり、日本語の地域新聞が発行されたりしました。この時代に、日系移民はブラジル農業に革命的な進歩をもたらします。それは「集約農業」です。もともとブラジルでは「生産を増やす=ジャングルを切り開いて耕作地を増やす」という図式で成り立っていましたが、集約農業により「土地あたり生産性を高める」ことに成功しました。これが、ブラジルにおける日系人の評価を高めた最大の功績と言えるでしょう。

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その後、第二次世界大戦を迎えますが、ドイツ、イタリアとともに枢軸三国という扱いだった日本は、ブラジルとの国交が断絶されます。枢軸国人の資産凍結令、枢軸国語の使用制限、外国語新聞発行取締令など、日系移民にとってはまさに受難の時でした。ちなみに、当初からこの「日系」という名称が使われていたわけではありません。戦前は「在伯邦人」という呼称を用いていましたが、第二次世界大戦を境に移住者たちは帰国の夢を捨て、在留ではなく在住という意識を強く持つようになったそうです。そんな意識変化もあってか、日系人と他民族との結婚も増加傾向にあります。第二次世界大戦前の1908-22年においては僅か1.9%でしたが、戦後の1958-62年においては21.5%、そして1988年には45.9%と、徐々にブラジル社会への同化が進んでいきました。日系三世、四世と代を重ねるごとに、顔立ちこそ日系の面影はありますが、日本語はほぼ理解しなくなり、中身は100%ブラジル人!という印象です。

そして、戦後に日本からブラジルへの移民が再開され、農業ではなく様々な職業に就くようになります。また、1970年代になるとブラジル好景気に乗じて、日系企業のブラジル進出ラッシュがはじまります。しかし、1980年代になるとブラジル経済は凋落し、日系企業の撤退が相次ぎます。さらに日本の高度経済成長期と重なったため、日本⇒ブラジルという人口の流れが、ブラジル⇒日本という流れに一気にスイッチすることになり、「在日ブラジル人」コミュニティが日本の各地で見られるようになったわけです。

2016-04-02 | Posted in BlogNo Comments » 

 

もしもホテルのセキュリティボックスが壊れたら・・・。

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約1年ぶりにマナウスにきました。珍しいことに、というか初体験でしたが、ホテルで部屋のセキュリティボックスが故障しました。なのでそういった場合の対応について。ちなみに暗証番号式のセキュリティボックスで、決して番号を失念したわけではなく、暗証番号を設定してから動作確認したところ開かなくなりました。

フロントに電話してスタッフを派遣してもらったところ、まずセキュリティボックスに「パスワードリセット装置」を取り付けて、パスワードをクリアします。装置の取り付けからパスワードリセットまで、その間15秒程度。装置の写真は撮り忘れましたが、下記写真で入力用テンキーの右側にあるポートにコネクタで接続します。ただ、そもそもパスワードを忘れたわけではないのでパスワードをクリアしたところで開きません。

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そのスタッフは一旦撤収し、10分後にベテランっぽいテクニカルスタッフを連れてきました。まあ予想はついていましたが、ドリルで鍵穴(「鍵」はついていないので、ロック機構部分かな)を破壊してドアを外します。作業時間は1分弱といったところでしょうか。なんと原因は、「Registration!」とのことでした。前日まで印刷工場で散々「Registration!(会話の文脈では「版ズレ」という意味合い)」という単語を聞いていたので、ちょっと笑ってしまいました(笑)ちなみに、ドアを取り外した後の処理は、新品のドアを取り付けて作業完了です。

セキュリティボックスの故障は初体験でしたが、二つ勉強になりました。
一つは、パスワードって忘れたら面倒そうだなぁと思っていましたが、実はパスワードクリアはスタッフを呼べば速攻で(15秒!)可能だったということ。(もちろんセキュリティボックスの仕様によって異なると思いますが!)もう一つは、セキュリティボックスってこんなにセキュリティが脆弱なんだ(従業員が「装置」を悪用すれば、15秒で開けられてしまう!)ということ。

2016-04-01 | Posted in BlogNo Comments » 

 

MASP(サンパウロ美術館)の作品展示方法が非常に秀逸。

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サンパウロはもう十数回目になりますが、はじめてMASP(サンパウロ美術館)を訪れました。

MASPは、エルグレコの『受胎告知』をはじめ、ゴッホやモネなど西洋美術の逸品が多数収蔵されていることで有名ですが、個人的に気に入ったのは、作品の展示方法とサイズ感です。美術館自体は、パウリスタ通りの真ん中に位置する複数階建てなのですが、展示フロアは3階1フロアのみとなっています。通常の美術館のような順路式にはなっておらず、写真のように、強化ガラスで固定された作品が一同に会するカタチになっています。

とはいってもそこまで広いフロアではないので、展示作品点数はおそらく50-60点でしょうか。各作品はガラス板で固定されているため、浮遊感があって不思議な感覚になります。壁以外の絵画展示を知らなかったので、とても斬新な印象でした。かなり後ろまで見渡せるので、気になる作品が目に入ったら他をスキップして直行可能です。また、広い美術館だと回遊するだけで疲れますが、1フロアで展示作品も多くない(実際あのスペースに50点はかなり詰め込んでる方だと思いますが、この展示方法だとそれを感じさせません)ので、パウリスタ通りを散歩中にフラッと立ち寄るのに最適です。実際、明らかにランニング途中のローカルもけっこう見かけました。もっと早いタイミングで訪れていれば、これまでのサンパウロ滞在がもっと充実していたのでは・・・、とちょっと後悔。リピートしたいと思える、期待以上の美術館でした。

2016-03-29 | Posted in BlogNo Comments » 

 

“Wechat Payment”は、中国のゲーセン運営を世界最先端にするかもしれない。

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最近中国では、微信(Wechat)アプリで支払を完了できる”Wechat Payment(微信支付)”や、”Alipay(支付宝)”が一般的になりつつある。広州の天河城にあるゲームセンターでは、なんとクレーンゲームの支払に”Wechat Payment”が使われていた。コイン払いだと2元のところを、Wechat Payment払いだとなんと1回1元でプレイできるキャンペーンが行われていた。やり方はいたって簡単で、アプリを立ち上げてQRコードをスキャンするだけで決済完了となる。

日本ではゲームセンターの支払いは100円玉が一般的だが、実は海外のほとんどの国では、プリペイドカードが一般的だ。最初に一定金額をチャージしなければならないが、一旦チャージしてしまえばもはや「お金」の感覚がなくなり、まさに湯水のごとく消費してしまう。いつまでも100円玉オペレーションから脱却できない日本のゲームセンターは、世界的には周回遅れなのだが、中国で微信決済を見たとき、いよいよ2周遅れになったか・・・という気がした。

最近LINEがJCBと組んでLINEpayというサービスを開始したが、微信決済がこれと異なる点は、クレジットカード会社を噛ませておらず、銀行から直接引き落としになるいわばデビットカード的な仕組みを採用している点にある。つまり、クレジットカード会社手数料が発生せず、微信側も決済手数料をクレジットカードと比べて割安に設定していることから、店舗側としても微信決済対応するメリットがある。中国人のインバウンド観光促進のため、日本でも銀聯カード決済可能な店舗が随分増えたが、今年は微信決済対応が増えそうだ。

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2016-03-20 | Posted in BlogNo Comments » 

 

インドネシアこそNo.1ドリアン国家

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ドリアンといえば、マレーシアとタイが圧倒的に有名ですが、実はNo.1ドリアン国家は間違いなくインドネシアだと思います。ドリアンの原産地と言われるのはボルネオ島で、ボルネオ島=マレーシアというイメージが強いですが、実はボルネオ島の面積の70%以上はインドネシアです。ちなみに、ボルネオ島はインドネシアではカリマンタン島と言われています。

さて、カリマンタン島はさすがに原産地だけあって、珍ドリアンの宝庫です。樹上ではなく木の根元に実をつける「亀ドリアン」や「ELAI」などのドリアンに似た近縁種も複数あります。また、ボルネオ島以外にも、ジャワ島のBanyuwangiには果肉が赤い「赤ドリアン」があり、パプワ島には果肉が紅白まだらな「レインボードリアン」などもあります。余談ですがインドネシアの面白ニュースサイトで、「果肉がショッキンググリーン!?なドリアン」の写真がアップされていて、すごい勢いでバズってました。Googleにも全く落ちていないレア品種!と心躍りましたが、なんとか情報を辿ってみると、どうやらフォトショップ加工の可能性が高そうです、残念。

ちなみに、今回ドリアンを食べるためだけにスラバヤで3時間程トランジットして、路上のドリアン屋に行ったのですが、曰く「Banyuwangiから赤ドリアンを仕入れて売ってみたけど数個しか売れなかった!珍しいだけで美味しくないんだよね」とのことでした。Banyuwangiは、スラバヤから陸路で4~5時間、バリ島から船も含めて3時間程度とのことなので、次どちらかに行く機会についでに立ち寄って赤ドリアンをトライしてこようと思います。

で、今回はバリクパパンでカリマンタン島固有の「ELAI」という近縁種を食べてきました。だいたい地方に行くと、郊外の道端にドリアン屋台(というかたぶん自宅の庭で獲れたフルーツをちょっと売っているレベル)が出ているのですが、微妙に時期を外していたらしく、空港からホテルまで車で1時間程度の道中でしたが、往路は見つからず、復路に奇跡的に1箇所見つかりました。味については、クリーミーなとろける感はなく、やや弾力のあるオレンジ色の果肉でした。個人的には近縁種というか、数多あるドリアンカテゴリーの中の一品種という方がしっくりくるんだけどなぁ、、、と思いました。

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ちなみに、”Cempedak”というフルーツが道端で売られていたので、初トライしました。調べてみると「ミニジャックフルーツ」のようで、味もジャックフルーツと大差ありません。正直ジャックフルーツは一人で買うと完食するのが極めて困難なので、このぐらいのサイズがちょうどよいと思いました。

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2016-03-10 | Posted in BlogNo Comments » 

 

見れたらラッキー!?世界を旅する1600パンダ

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バンコクで”1600 Pandas”という面白いイベントに遭遇しました。全くノーマークだったのですが、空港のインフォメーションで聞いたらオススメされたので、行ってみました。こういうイベントごとは、やっぱり現地で情報収集するに限ります。

現在、野生のパンダは地球上に1,600頭しかおらず、絶滅の危機に瀕しています。生存する個体数と同じ数のパンダ人形をフラッシュモブ的に街中に展示し、パンダ保護の必要性を訴えるという主旨で、WWF(世界自然保護基金)とフランス人アーティストが共同で手掛けた活動が、”1600 Panda”とのことです。2008年のフランスを皮切りに、現在20ヶ国以上でツアーが開催されているとのこと。アジアでは、台湾、香港、韓国、マレーシアに次いで、タイが5ヶ国目のようです。

タイでは3月4日(金)に王宮前広場をスタートし、バンコク、アユタヤを転々とする計10ヶ所で開催されるようですが、ゴールのCentral Embassy(モール)以外は1ヶ所3時間のみ!というフラッシュモブっぷり。出会うには運が必要なイベントです。私が見たのは、Central Worldというショッピングモールの入り口前広場でしたが、世界遺産だったり、夜市だったりを背景に展示されるケースもあるそうです。背景によって全く違った見栄えになって面白そう、またどこかで遭遇したいですね。

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2016-03-08 | Posted in BlogNo Comments » 

 

【安宿ドミトリー2.0】東南アジアで流行中のカプセルホテル。

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ここ1~2年ぐらい、東南アジアでは日本発祥のカプセルホテルが静かなブームのようだ。前から気になってはいたが、今回ホーチミンとクアラルンプールで機会があったので宿泊してみた。実は日本でカプセルホテルに泊まったことがないので、初カプセルホテル体験だったわけだが、思った以上に快適だった。

ホーチミンについては、旅行者が集うフォングーラオにある”Hong Kong Kaiteki Hoel”に宿泊。そのネーミングに恥じぬ快適さだった。がっつりホーチミンを楽しむならMajestic Hotelなどをチョイスしたいところだが、トランジット故にホテルは寝れればよく、できるだけコストをかけたくない。かといって安宿のドミトリーに泊まるのも嫌だったので、1畳程度のスペースだがポッド内は清潔感がありロッカー完備で1泊1,000円以下はベストオプションだった。賃貸マンションで「廊下は贅沢品」と聞いたことがあるが、まさに「ベッド以外のスペースは贅沢品」という思想で、おかげで「ベッド以外の贅沢スペース」がある同価格帯のホステルよりも、確実に快適な睡眠環境だったと思う。

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クアラルンプールは、KLIA2内にある”Capsul by Container”というカプセルホテルが3,000円程度/1泊(12時間)と空港プレミアムもありさすがにホーチミンに比べると割高ではあったが、よかった。今回のように夜KLに到着して、翌朝KLIA2発のLCCフライトに乗り継ぐ場合は、ベストオプションだと思われる。

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さすがに何泊もするのはしんどいかもしれない(慣れれば問題ない)が、一箇所に短時間ステイのトランジット愛好者のニーズにベストマッチしていると思う。個人的には、安宿ドミトリーの進化版という印象だった。カプセルホテルは他の東南アジア諸国でも増えているらしいので、次は他の国でもトライしてみたい。

2016-03-07 | Posted in BlogNo Comments » 

 

ベトナムにカフェを15万円で開く方法。

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もう10年以上前ですが、本か雑誌か何かでベトナムでカフェを始めた旅行者の話を目にしました。たしかベトナムを旅行中に、15万円程度を元手にカフェ(おそらく屋台式)を開業して、数ヶ月運営してまあまあ軌道に乗った、というような話だったように思います。その影響を受けて、当時の「100のリスト」にはたしか「ベトナムでカフェを開く」というのを書いたような記憶があります。その後「ベトナムでカフェを開く」なんて項目は、どこかの時点でスパっと消え、当たり前ながら現在の僕の「100のリスト」にはありません。

でも今回初めてベトナムを訪れて、ようやく「なるほど、こうすれば15万円でカフェが開けるんだなー」というのが腹落ちしました(笑)移動式屋台のイメージは、他の東南アジア諸国でも目にしていたのでイメージはついていました。たぶん3-5万円ぐらいだろうなぁと、もっと安いかもしれないけど。路上営業許可は不要、といった話も風の噂で聞いたことがあります、本当かどうか知らないけど。実はテーブルとイスの取り回しが最後の砦!でした。別になんとでもなるんでしょうが、でも一体どうやっているのかと。

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その答えは、写真の「安っぽいイス」にありました。そうかっ!これならイスとしてもテーブルとしても使えて、営業時間外(客が少ないときも)は積み重ねておけば場所をとらない、しかもどこでも開業可能。なんて便利なイスなんでしょう。これでもう、やろうと思えば2~3日もあればベトナムでカフェ開業にこぎつけることができそうです(笑)設備費(屋台とイス)と食材費(何の店をやるかによりますが)合わせて、15万円もあれば、余裕ですね。旅の講義の卒業生で、誰かベトナムでトライする人いないかぁー、と密かに思っています(笑)

2016-03-06 | Posted in BlogNo Comments » 

 

シンガポールの旧正月の習慣。

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毎年旧正月の時期には、アジアの中華圏に出張することが多かったです。昨年はたしか旧正月明けに中国の杭州に行きましたが、Wechat(微信)の紅包が大流行りで、仕事上のやりとりで使用していた微信グループにはひっきりなく「お年玉」が届きました。今年も香港・広州の出張を旧正月付近の日程で予定していましたが、翌月にずれ込んでしまい残念ながら旧正月の雰囲気は味わえず。なので以前行ったシンガポールの旧正月のお話。

旧正月は、アジアの中華圏でも国によって異なる「定番」があるように思います。シンガポールでは、「ローヘイ」というおそらくシンガポール独特の風習が面白かったです。「魚生」という、刺身と「おっとっと」みたいなクラッカーが入ったサラダを、皆で囲んで「ローヘイ!ローヘイ!」と言いながら、箸で高く持ち上げてかき混ぜます。ローヘイをすると、願いごとが叶う、お金持ちになれるなどと言われているようです。取引先の日系企業に連れて行ってもらい、日本人グループだったのでかなり上品にかき混ぜたのですが、本当は豪快に皿からサラダがこぼれるぐらいかき混ぜるのが正しいようです。

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ローヘイの味はかなり甘口なので好みが分かれそうですが、私は美味しく頂きました。ちなみにこのとき行ったのは、シンガポールの有名チェーン「三盃雨件(Soup Restaurant)」で、ここの名物ジンジャーチキンは、チキンライス、チリクラブ、ラクサといったローカル名物を差し置いて個人的にはコスパNo.1の隠れ(てもないか)シンガポール名物なのではと思っています。ちょっとした機会にシンガポール人にご馳走になるときは、かなりの高確率でこちらに連れて行かれるような気がします。

2016-02-08 | Posted in BlogNo Comments » 

 

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